インド

盲目のインド人と再会。2か月間のボランティアで一番嬉しかったこと。

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初めてインドへ来た時、死を待つ人々の家で目の見えない女の人と出会いました。その時は名前がわかりませんでした。

死を待つ人々の家に運ばれて来る人たちの境遇は様々ですが、そのほとんどが胸が痛むような経歴を持ちます。

末期がんのため病院から見放され、そして面倒を見れなくなった家族に捨てられた人。どこから来たのかもわからない人など。傷だらけで運ばれて来た人もいます。

そしてそのほとんどはベンガル語かその他のインドの言葉を喋ります。

盲目の女性

彼女は他の入居者より少し若く、大きな声をあげることもなくいつもおとなしく座っていました。私はなぜかその人が気になり、手が空くと隣に座りました。

私の顔をじっと見ていますが、その時ベンガル語が全くわからなかったのでお互い無言です。そして名前もわからないまま日本に帰った私。

それから数か月の間、ぼんやり彼女のことを思いだしていました。

そしてまた、コルカタへやって来た私は彼女に再会することができました。彼女は目が見えないので私のことを覚えてはいません。

言葉に出さなくてもどんな境遇だったかわかる

死を待つ人々の家では毎日お昼寝をします。ある日私が彼女のベッドまで行くと、私の手を自分の頭にのせました。

そして「撫でてほしい」と体で表現します。私が頭を撫でると満足そうに眠りました。40才は過ぎていると思います。

「この人も、悲惨な人生を歩んできたのかもしれない」そう感じました。

もし、自分が彼女と逆の立場だったらどうでしょうか?そんなことを考えずにはいられません。そして同時にものすごい罪悪感でいっぱいになりました。

キレイとは言えない施設で一日をただ座って過ごし、そして狭いベッドで寝ます。その繰り返しです。私には耐えられません。

今までの境遇に比べたら、幸せなのでしょうか?それにしても不公平です。

世界はなぜ、こんなに不公平に思えてしまうのか

世界にはなぜ日本のように食べ物が捨てるほど溢れている国と、飢餓で大勢人が亡くなるほど食べ物不足の国があるんだろう。

わたしが小さい頃から持っていた大きな疑問。その答えを知っている人はいませんでした。

コルカタに来てから、だんだん心が沈んでいきます。「私、何やってるんだろう」。その壮大さに自分はなんて無力なんだろうと思いました。

いったい何をどうしたらいいんだろう。どんどん、どんどん沈んでいきました。

ボランティア生活が1か月過ぎた頃の心境です。

きっかけの会話

私は悩みながらも、毎日死を待つ人々の家に行きました。朝起きて、地下鉄に乗り、たくさんの路上生活者や物乞いの人をよけながら、ボランティアのために来たんだからと、自分を説得して通います。

コルカタでインド人の家族にお世話になりながら滞在していたため、毎日少しずつ簡単なベンガル語を覚えることができました。

ある日、何となく盲目の女性に覚えたてのベンガル語で自己紹介してみました。

「アマナーム Sumi」(私の名前はSumiです)

すると初めて彼女が口を開きました!

「アマナーム フーリー」

飛び跳ねて、手を叩きたくなるほど嬉しくて、知ってるだけのベンガル語を彼女に喋りました。

それだけ?と思うかもしれませんが、毎日苦しいくらい悩んでいた私にとって、この会話が衝撃だったのです。

私の心から雲が消えていく感じがした。

フーリーと私の間に「不公平」という、恵まれている、恵まれていないのジャッジを勝手にしていただけだったんだ。それは私の頭で作り上げたものでしかなかったんだ。

フーリーが不幸だと思うことは、間接的に彼女を下に見ていることになる。でも、そうじゃない。

同じ言語で意志の疎通ができた瞬間、私もフーリーも同じなんだと思えました。全然、不公平なんかじゃない。だって、彼女も私も精一杯生きているから

そしてその瞬間、こんな気づきがやってきました。

皆が同じ「命」を与えられ、それを思いっきり体験しているだけ。

全てつながっているから、大丈夫。

少しイメージしてみて下さい。

元々ひとつだった物が、ふたつ、またはそれ以上に分離し、そして最後にまたひとつに戻る。

分離を知らないひとつと、分離を体験したひとつ。何かが違います。

ありがとう、ありがとう。なぜかそんな気持ちでいっぱいになりました。

自分は生きていてよいのか、と思ってしまうあなたへ

やさしい人は、傷ついている人や、悲しんでいる人を見るとまるで自分のことのように心を痛めます。

周りの空気を敏感に感じとり、私がなんとかしなくちゃ!と頑張ってしまうでしょう。

でも頑張っても頑張っても変わらない世界を見て、いつのまにか「自分は生きてる価値があるのか?」と深く絶望してしまいます。

でも、「命」はあなたに生きていて欲しいのです

あなたが見て、体験するすべてを愛おしく見守っているだけなのです。

あなたも世界も、はじめから何の間違いもありませんでした。

これからもずっと完璧にあり続けます。

だから、本当に大丈夫なのです。

生まれてきてくれて、ありがとう。

あなたがいてくれて良かった。

もしかしたらそう思えないかもしれません。

でも、あなたは大いなる存在から100%祝福されているのです。

だからもう怖がらないで、思いっきり人生を楽しんでほしい

心から踊りたくなるような、そんな風に生きてほしい。

あなたがただ、幸せに生きられることを祈っています。

あなたにやさしい光がいっぱいやってきますように。

sumi

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Sumi

今を楽しもう!がテーマ。海外ひとり旅、色んな国のおいしいもの、料理、ヨガ、英語、などなど楽しい趣味がいっぱい。読んでくれた人の心がほっこり温まるような記事を心がけてます♪

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